Hara Kazutoshi presents 着信アリーmy Love

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Hara Kazutoshiのクラブレポート最前線 第5回「シリーズ戦争と平和・いまクラブミュージックに出来ること」

人間は何故、争い、傷つけ合うのか。平和なこの日本に住んでいると実感がわかないが、メディアに取り上げられていないだけで、世界では日々戦争が起こり続けているのである。
N国は高知県とほぼ同じ面積をもつ、ヨーロッパの小国である。周囲を大国に囲まれ、独立と内戦を繰り返してきた歴史をもつ。
長きにわたる内戦状態も数年前に停戦が結ばれ、各派が統一政府を作り、国連による暫定統治が行われてきた。しかし、それを不満とする勢力によるテロが繰り返され、N国は現在も混乱をきわめている状況である。
N国出身のプラク・ムル氏は、内戦時に近隣国に亡命し、現在ではヨーロッパ各地で演奏活動を行っているピアニストである。ムル氏は昨年のヨーロッパツアーを成功させ、この夏に日本公演を開催する運びとなり来日した。そして、そのPRのため昼のTVショーにゲストとして出演した。


「『こんにちは、パークスタジオ』のお時間です。本日のゲストは話題の『平和のピアニスト』プラク・ムルさんにお越しいただきました」
「こんにちは」
司会の女性アナウンサーに紹介されたムル氏は、通訳を通じてそう答えた。
「ムルさんといえば、昨年のヨーロッパツアーが大変話題になりました。なぜあのような大掛かりなツアーを行われたのでしょうか」
「はい、ご存知かもしれませんが、わたしの祖国は長い間内戦状態にあって、停戦後の現在でも混迷をきわめています。わたしは、祖国の現状、そして平和の尊さを伝えるべく各地で演奏活動を行ってきました。先のツアーはその集大成といえるものです」
「なるほど。昨年はムルさんのご活躍もあって、ここ日本でもN国への感心が高まりました。ムルさんがN国に住んでいらっしゃった頃のお話をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか」
「わたしがN国に住んでた時は、まだ内戦状態でした。常に戦火と隣り合わせの日々でしたが、当時音大生だったわたしは毎日ピアノを弾き続けました。将来は演奏家になるという強い決意をもっていたのです」
「そんな過酷な状況の中でも演奏家の夢を諦めなかった訳ですね。さて、亡命後は演奏家として活躍されていますが、独特な演奏スタイルが話題になっています。なぜ現在のようなスタイルになったのですか」
「祖国を離れた後は、クラシックのみならず、現代の様々な音楽も意欲的に吸収しました。特に当時流行していたクラブミュージックには大きな影響を受けましたね。今でもツアー先で、研究も兼ねて各地のクラブに足を運んでいます。こうした『現場の感覚』が現代の演奏家に求められるのではないのでしょうか」
「『現場』というのはクラブのことですね。なるほど。その現代的なスタイルが、従来のクラシックファンのみならず、多くの若者からも支持されています。では、ここでプラク・ムルさんの演奏をお聞きいただきたいと思います。ムルさんの祖国への思い、そして平和への願いが込められたピアノ曲です。ムルさん、本日はありがとうございました」
「アリガトウゴザイマシタ」とムル氏は日本語で答え、映像は録画されていた演奏場面に切り替わった。


わたしはその日風邪で仕事を休んでいたので、寝転がりながらムル氏の出演した昼のTVショーを見ていた。アナウンサーとの対話を見て、ムル氏の演奏家としての不屈の精神に感動したが、演奏が始まるとトランス風のトラックに合わせてクラシックやポップスの名曲メドレーを弾くというものだったので、わたしはチャンネルを替えた。
(GHOSTWORLD VOL.5)