Hara Kazutoshi presents 着信アリーmy Love

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Hara Kazutoshiのクラブレポート最前線 第8回「未来のクラブレポート」

時はうつろい続け、現在は常に過去となって行く。絶え間なく変化し続けるクラブシーンにおいて、現在起こっている出来事はすでに古く、これから起こる出来事にこそ皆の興味が向けられるのである。
わたしのことはカークと呼んでもらおう。実際にはカークという名前ではないが、その名前に沿った運命を辿ることになる。
今は1995年で、わたしはロンドンで音楽誌のライターをしている。ここ数年ドラムンベースというブレイクビーツが台頭し、ゴールディや4Heroたちのトラックが世界を席巻しようとしていた。この英国発の新しいブレイクビーツミュージックの登場は一種の「事件」で、ここ最近の音楽誌を賑わせていた。わたしは、このブームは一過性のものではなく、長く続くような予感がしたが、それは誰にもわからなかった。
クラブでは毎夜「事件」が起き続け、わたしたちは情報を得ようと躍起になっていた。クラブで来週起こる、いや今夜起こる出来事が知ることが出来れば、と思ったものである。
わたしには17歳の息子がいるが、どうやら最近クラブに遊びに行っているらしい。心配ではあるが、彼から最近のクラブの情報を聞き出そうか、と呑気なことを考えたりしていた。
その電話が来たのは、ある週末の夜である。
「もしもし」
「オレオレ、オレだよ!」
「俺?」
「そうだよ!三時間後のお前だよ!」
電話口の男は、自分を三時間後のわたしだと信じさせる為に、わたししか知り得ない幼少期の思い出を語った。
そして、ロンドンのあるクラブで今夜起こる「事件」について話しだした。その話を聞いてわたしは絶句した。それが本当ならば大変な事である。
未来の自分からの電話など、にわかに信じられる話ではないが、わたしはコートを持って家を飛び出し、車でそのクラブに向かった。未来のわたしの話によると、その「事件」が起こるのは今から一時間後である。
週末で道路が混雑しており、間に合わないと思ったわたしは、途中で車を乗り捨て、走ってクラブに向かった。
クラブに着き、フロアを見渡すと、遠くの方で一人の若者が倒れるのを目にした。わたしは自分が間に合わなかったことを悟った。暗い照明のせいで、彼の姿がよく見えなかったが、わたしは彼が何者か知っていた。
その時、4Heroの『Mr Kirk's Nightmare』が流れた。この曲は次のような、電話での会話のサンプルで始まる。
「もしもし、カークさんですか?」
「そうですが」
「カークさん、あなたの息子さんが、オーバードーズで亡くなりました」
その後、わたしは救急車に運ばれる息子に付き添い病院に行った。わたしは家にいる妻に連絡をするため電話をかけたが、電話に出たのは妻ではなく、わたしだった。
時計を見ると、家を出てから3時間が経っていた。わたしは、電話口のわたしに未来からの電話である事を信じさせようと、わたししか知り得ない幼少期の思い出を語った。
(GHOSTWORLD VOL.8)



4 Hero - Mr Kirk's Nightmare